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東京高等裁判所 平成11年(ラ)593号 決定 1999年5月06日

抗告人

甲野太郎

甲野春子

抗告人ら代理人弁護士

八塩弘二

日野原昌

石川邦子

小笠原彩子

相手方

甲野花子

主文

1  原審判を取り消す。

2  相手方の本件子の引渡仮処分申立てを棄却する。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「即時抗告の申立書」写し記載のとおりである。

2  事実認定は、次のとおり訂正、付加するほか、原審判の理由「2 事実」記載のとおりであるから、これを引用する(以下「抗告人甲野太郎」を「抗告人」と、「抗告人甲野春子」を「抗告人春子」とそれぞれいう。)。

(1)  原審判に「当裁判所」とあるをいずれも「東京家庭裁判所八王子支部」に改める。

(2)  原審判三枚目表七行目の「同年」を「平成九年」に改める。

(3)  五枚目表一〇行目の次に行を改めて、次のとおり加える。

「上記審判の理由の結論は、「当事者双方の監護意思及び監護能力には径庭の差は認められないが、未成年者の心情、心理状態及びきょうだい間の結びつきを考慮すると、きょうだい一緒に監護養育されることが同人らの福祉にとって一番望ましいと考える。そこで、申立人と相手方のいずれにおいて監護されるべきかについて考えるに、未成年者らの心情からして申立人において本件未成年者三人を監護養育するのが相当と判断する。」というものであった。そして、同抗告審も、これを支持した。」

(4)  五枚目裏八行目の冒頭に「抗告人(原審相手方。以下同じ)も前事件の審判が確定したので、これに従い、事件本人を任意に相手方(原審申立人。以下同じ)に引き渡さざるを得ないという気持ちになり、相手方代理人に対し、自ら面接交渉の条件を提示するなどした。そして、」を加え、同一〇行目の「しかし、」を「同年一〇月一七日、」に改める。

(5)  六枚目裏七行目の末尾に「抗告人は、事件本人が相手方宅に行かないと述べたため、事件本人を連れて行くこと、相手方に引き渡すことはできないとの気持ちを固め、上記連絡をした。」を加える。

(6)  七枚目裏五行目の「同人は」から同七行目の「制止され、」までを「同人は、はっきり「行かない」と答えた。その後、抗告人が渡邊代理人とやり取りをしている中で、」に改める。

(7)  八枚目表三行目の「六日」を「五日」に、同四行目の「審判の申立てがなされた」を「調停の申立てがされ、翌六日、不成立により審判に移行した」にそれぞれ改め、同五行目の末尾に「同事件は、本案審判申立事件(東京家庭裁判所八王子支部平成一〇年(家)第四九二五号子の引渡申立事件)に併合されたが、原審判がされた後の平成一一年三月八日、取り下げられた。」を加える。

(8)  八枚目表九、一〇行目の「否定的な気持ちはなかったものの、」を「、同人らに否定的な気持ちはないが、相手方の意向で実現されておらず、同人らは、」に、同末行の「感じていた。」を「感じていたが、一概に抗告人を責める気持ちは抱いていない。」に、同裏二行目の「考えている。」を「考えていると述べている。」にそれぞれ改める。

(9)  八枚目裏八行目及び九行目を「。保育園側では、原審家庭裁判所調査官の調査の関係で抗告人から説明されるまで、家庭内に紛争を抱えていること、抗告人春子が実母でないことを全く知らなかった。事件本人は、家庭内においても、抗告人とはもちろん、抗告人春子との間でも親子(母子)関係が形成され、異母妹夏子の世話をして可愛がり、安定した生活を送っている。抗告人ら側の依頼による小児科医の診断では、事件本人の心身の状態は現在の養育環境下で安定し、これに順応して、父、義母、妹と本人からなる家族への帰属意識が明確に認められるとされ、また、事件本人が実母のことに触れたがらないのは、相手方の激しい感情の起伏、両親の離婚前に相手方が事件本人を強く抱きしめて放さないなどのやや異常な行動を示した記憶が拭い切れず、一方で、現在の両親への帰属意識も強いことから、相手方に対して一種の逃避反応を示しているものと認められたとされている。そして、平成一一年四月に地元小学校に入学した。」にそれぞれ改める。

(10)  九枚目裏末行の「粗暴な」を「み付き」に、一〇枚目表二行目の「兄達との遊びの中で時には喧嘩をしたこともあった」を「兄達との遊びでよく「たたかいごっこ」をしていた」に改める。

3  相手方の本件子の引渡仮処分申立ては、子の監護事件(子の引渡)審判前の保全処分の申立てとしてされたものであり、同申立てを認容するには、「事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要がある」(家事審判規則五二条の二)ことを要するので、この点について、以上の認定事実に基づいて判断するに、以下に述べるとおり、本件についてはいまだ上記保全の必要性の要件を認めるに至らない。

(1)  事件本人は、現在まで、抗告人らの家庭において、安定した生活を送っており、現に子の福祉が損なわれているという状態にないことは明らかである。

(2)  事件本人の監護者を相手方と定める旨の前事件の審判が確定したにもかわらず、事件本人の相手方への引渡しが行われなかったが、これは、抗告人らが一方的に拒否した結果だけではなく、事件本人自身において相手方の下へ行かないと表明したことにもよるものである。事件本人がこのような意向を示したのは、事件本人が非常に頭の良い子で、頑張って周囲の状況に合わせてしまうという性格であることから、できることならこのまま事件本人と一緒に暮らしたいという抗告人の意向を汲んだこともうかがわれるが、それだけではなく、それまで親子関係に全く問題がなく、自分を非常に可愛がってくれている父である抗告人と別れ難いという心情の表れともみる余地がある。すなわち、抗告人も前事件の審判の確定により事件本人を相手方に引き渡すべく気持ちの整理をし、準備を始めたのであるが、事件本人は、相手方との事前の面接交渉(慣らし面会)で、相手方及び兄二人と会えたことは喜んだが、一貫して「お父さんと住む。」と述べており、その後、抗告人から相手方と住むことになることを伝えられたことにより、現在の安定した環境から引き離されることを察知して、心身が不安定な状態となるなどの変化をしたものとみられる。そして、このような状態を見て、抗告人においても、最終的に翻意して事件本人を相手方に引き渡すことを拒否する姿勢に出たものと考えられる。

引渡予定日における抗告人の言動は、確かに尋常なものではなく、非難されるべきである(特に小学生である長男及び二男に対して、相手方の不貞行為や面接の妨害行為を非難する言動をしたことは、幼い息子たちの情操を著しく害するものであり、到底許されないというべきである。)が、もともとは事件本人らの面前で行われたものではない(したがって、その一部始終を事件本人が見聞したものではない。)し、長男か及び二男を含む子供らにこのような現場を見させないようにするためには、相手方及びその代理人においても配慮を払うべきであったといえる。本件及び関係事件記録によれば、むしろ抗告人はこれまで家族思いの模範的な夫又は父親であって、性格も穏健かつ冷静沈着であり、相手方の常軌を逸した不貞行為によって、それまでの親子五人の平和な家庭が崩壊寸前に追い込まれたにもかかわらず、離婚による子供らへの悪影響を最小限に止めるために相当の努力と忍耐を重ねてきたことが認められる。そのような抗告人が、上記のような突発的な行動に出たのは、自分には何ら非がないにもかかわらず、譲歩を余儀なくされ、長男及び二男だけでなく、これまで同居して可愛がっていた事件本人についても相手方を監護者とする審判が確定したことによって深く落胆し、事件本人の引渡しが現実のものとなった段階で、父親の意向を敏感に察知した事件本人が相手方の下へ行くことを拒否している態度を見て、父親として自力で最後の抵抗を試みたものと考えられる。

したがって、同日の抗告人の言動だけをことさらに強調して、直ちに抗告人の親権者、監護者としての適格性まで問題とし、抗告人による監護状態から事件本人を相手方に引き渡すことが、急迫の危険を防止するために必要であると判断することはできない。

(3)  相手方並びに長男及び二男と事件本人との面接が行われていない状態が好ましくない状態であることは明らかであるが、他方において、抗告人と長男及び二男との面接も行われておらず、これらの面接は、本案事件の調査過程等において家庭裁判所調査官、双方代理人等の適切な指導、関与の下に行われるべきであり、抗告人において、このことを否定しているものとは認められない。

(4)  事件本人が抗告人らの下において相手方のことを全く話題にしないこと、調査官の面接時にはその話題を避けようとしたことについては、前記認定のような医師の見解もあるところであり、これをもって、抗告人らとの生活において事件本人が自由に相手方のことを話題にできない雰囲気があると感じているのではないかと推測することもできるが、他方において、事件本人が現在の生活に満足しているとの表れであり、これを今更かき回してほしくないという気持ちの表れと推測する余地もあり得るところである。また、この点についての事件本人と長男及び二男の対応の違いは、抗告人らと新たな家族関係を形成しつつある幼い少女一人と、従来の母子関係の延長線上で日常的に子供同士のざっくばらんな会話をしている兄弟二人という保護環境の違いのほか、前者は自分の返答次第で現在の安定した保護環境や愛情の対象を失うかも知れないのに対し、後者はこれ以上失うものはないという、それぞれの立場の違いに由来する面が大きいといわざるを得ない。

さらに、調査官の面接時に認められた事件本人のみ付き行為等をどう解するかなども問題となり得るところであるが、これを事件本人の内面の葛藤の表れとして一義的に推測し得るか否かについては、なお検討の余地があり、これら事件本人の心情等については、本案事件における調査によりさらに検討されるべき事柄である。

(5)  その他、本件について、本案事件の確定を待っていては、子の福祉が損なわれる事情があると認めるに足りる疎明はない。

4  よって、相手方の本件子の引渡仮処分申立ては理由がなぐ、これを認容した原審判は不当であるから取り消して、同申立てを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 杉山正己 裁判官 沼田寛)

別紙即時抗告の申立書<省略>

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